2008.3

理想の道具とは?
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僕にとって良い釣道具とは?その答えを考えてみた。現時点での結論は10年後も使っている道具は間違いなく良い道具だ。例えばシャツでいうとフォックスファイヤーの迷彩柄の奴。15年現役。モンベルのゴアテックス・ウェーディングレインやはり12年愛用。ABUカージナル3・4は20年以上経った今も使用できるコンディションにしている。竿も15年20年選手が何本か有る。ルアーで言うならラパラは今でも現役バリバリで100点満点の傑作ルアーはシャドラップラパラかCD-9と決めている。
写真はミッチェル408これは友人から頂いた物。もう1台もっているがそれは欲しくて中古を買った。
もちろん遊星ギア。ライントラブルは皆無に等しい。ステラも所有しているしシーバスではセルテートを使うが好きなリールは?と聞かれたらコレだろう。換えスプールも持ってるしコレ用に友人にバンブーのスピンを作ってもらったりもした。中学生の頃に手にした最初のミッチェルは300っていう少し大きめのバス用に丁度いいサイズだった。それと実家にオートベイルの440が眠っている。


フッキングのメカニズムと理論

僕の疑似餌釣は釣針に拘る。針が駄目ならどんなリアルなフライでもどんなに魅力的なルアーでも釣として成立しないからだ。フッキングはどうやって起こるのか?考えたことはあるだろうか。
まず魚は疑似餌を咥える(バイト=噛み付く又は吸い込むアタリ)のだが対処物に合わせて口の開く度合いまで変えるほど魚は賢い。吸い込まれた疑似餌は違和感を感じた瞬間に 吐き出し&反転を食らう。そこで竿にグンっとかゴンッとかアタリが発生するのだが、活性が低ければ低いほど反転が鈍い速度になりロッドで感じ取るのは難しくなる。逆に巻き重り感は(引き抵抗)は増す方向になる為、リールで感じ取ることが出来るであろう。さてここで僕等アングラー側の出来ることは何か?を考えてみたいと思う。言葉にしてしまえば、ラインテンションコントロールだろう。それはリールを巻くことであったりロッドを撓らせることであったりするのだが、バイトにテンションコントロールが加わりフッキングに繋がる。ルアーの場合はラインテンションは張っていることが多いが流れでのドリフト中やフォール中はこのテンションが抜けている場合もある。またバスでワームの釣や、フライのニンフの釣もそれにあたる。フッキングにアワセは必要か?答えはNOでもYESでもない。
アワセなくてもフッキングすることも多いし、アワセても魚の口を破壊し抜けてバレることがある。
同時にフックサイズや軸の太さそしてフックの形状が結果を左右する場合も多い。対象魚やタックルに合わせて或いはフライの場合フックサイズ=虫のサイズになりニンフならばフォールスピードもそこで決まってくる為シビアに選択する必要がある。 
以前管理釣場でスプーンのフックを外し実験をしたことがある。その結果から言わせてもらうと手に来るアタリは全て何等かの形でフッキングをしているということだ。針が無い=バイトしてもフッキングしない状況 ではラインに一瞬変化はあるもののはっきりとアタリは出ないことになる。つまりショートバイトなど存在しないというのが僕の意見である。手に来るのならそれは明確なアタリであり初期フッキングをしているということである。その後反転にて蝶番の奥に掛かるのが理想であるがフッキングポイントの移動は時にバレを招き抜けてしまうことが有る。魚の口内をズレながら或いは裂きながらフックポイントは移動するということを頭に入れて頂きたい。もちろん異論はあるとは思うが複数のフックを持つルアーではこの傾向が強い。
写真のイワナは鰓蓋でフッキングしてランディングになっているがコレはヘッドシェイク中に移動したものと思われる。ファイティング初期は腹のフックでやり取りしていたのを記憶している。ところがランディングの段階になってミノーのベリィフックは外れた。偶然フォローが外れない場所にセットされているだけで本来はバレている魚である。
シーバスもこの様な状態でランディングされるケースを多く見かける。またフライの場合はシングルフックの為フックポイントの移動は考えにくいが蝶番のところに掛かるのが理想だと思う。タイミングが合うとそこにフッキングする。フックは掛けるという意味がある 刺すのであればニードルである。口に掛ける意味を考えて今後の釣行に望みたい。そして適度なアワセと適度なやり取りがキャッチ率を向上させるに違いいないだろう。
フッキングについては最後まで試行錯誤していくはずだ。


本流開拓時代

僕がサクラマスを狙い始めた平成4年頃、まだこの釣はブームにもなっておらず釣り方も試行錯誤を繰り返し失敗続きの不毛な時代が続いていた。当時のタックルはUFMウエダのグリグリナナハンにカーディナルC4、バリバススーパーソフト8LB、ルアーはオークラにサラマンダー、キラクのキラ、メゾン11センチ、ラパラ、コータック5430などだった。2年後の平成6年に釣雑誌フィッシングの別冊としてザ・本流というのが出版され、その中で本流のプラッキングの紹介があり大きな影響を受けた。ミノーで瀬の中で大型トラウトが狙える。 夢のある話だったが、僕のフィールドにそれを当てはめるのはなかなか難しく低迷する時期が続いた。
そんな時期 途轍もない鮭?鱒?をヒットさせる。70mラインを引き出されジャンプの嵐。20分格闘の末に魚体を確認する、80センチを超えようかという体長に背鰭、アブラビレ、曲がった口まではわかったが魚種はわからない。その時ランディングネットを持たずに釣りをしていた僕は本流たるものの本当の意味を理解していなかった。瀬の中、胸までウェーディングし5mまではその魚を寄せられるがその以上寄せる事も出来ずに最終的にフックが伸びた。 釣師として初めて魚に負けた訳だ。完全なる敗北。己の未熟さを痛感した。
やがてシュガーミノーとパニッシュが発売されてようやく使えるルアーを手にいれた。ダム湖や中流域のヤマメ狙いでプラグを積極的に使い続けメソッドがようやく見え始めた。尺ヤマメと本流ニジマス、イワナを実験台に大型を狙っていく。

写真は初夏の痩せたサクラマス、6月後半に友人と二人、真剣勝負、ミノーVSスプーンというのをやった。 瀬で8センチのミノーを捕えた思い出深い一尾。
この魚で友人の熱意に火が付き、きっと数年月日が流れた今年も彼はどこかの本流でミノーをキャストしているはずだ。






管理釣場の話

僕が管理釣場に初めて行ったのが20年前、加賀フィッシングエリア(栃木県)という所だった。
当時は釣り方がよく理解できずに苦戦しながらABUのゾネット(黄色)で30センチほどのニジマスを釣ったのを記憶している。周囲を見渡すとたくさん釣ってる人もいる。見ればアジャスターバブル(飛ばし浮木)にフライや極小スプーン、小さなフラットフィッシュを付けて遠投し釣っている。その後も何度か通うがルアーではあまり釣れないことがわかり、フライフィッシングを始める。当時の竿はUFMのスーパーパルサーのグラスで確か5番だったと思う。その後カーボンの竿も買うが自己流キャストではなかなか十分な飛距離を得ることができず、4~5匹釣るのがやっとだったのだが、タイイングも楽しいものでトライ&エラーを繰り返していた。シンキングラインによるリトリーブの釣やルースニング、ドライフライの釣、イマジャーの釣、ミッジング、マッチザハッチと釣り方もコツもつかんできた。でも自信が無いのがキャスティングだった。
そんなある日フライ暦30年のベテランである師匠より、今度の日曜日土手にキャスティングの練習に行かないか?と誘われ4時間ほど練習をした。内容はループの描き方、小指、親指の使い方をわかり易く教えて頂いた。たったこの4時間で僕のフライキャスティング、ルアーキャスティングは変わった。
その後毎日のようにフライロッドを片手に管理釣場へ通い、その春には4番ラインがするするとバッキングラインまでトップガイドを抜けて30ヤードキャストが出来るようになった。不思議な気分だったのを今でも覚えている。翌年3月の解禁直後、師匠と○○ダムのバックウォーターへヤマメ狙いで出掛けたときに、師匠が僕のキャスティングを見ながら「もう何も言うことありません。グッドです!若いから上達するのが早いですねぇ!」とお褒めの言葉を頂いた。
しかし僕のキャスティング特訓の猛練習を師匠は知らない(笑)
「ええ、昨年末教えてもらったことで道が開けました」と答えた。

写真は最近まで管理釣場で使っていた物。SAGE RPLの4番。僕のドライフライ用だ。 当時は20年後も釣堀でフライをするとは思わなかった。

ガラクタ箱(小・中学生用)
80年代フィールドで見かけた小・中学生のボックスの中身はこんな感じだったのではないだろうか。

当時、フィールドでは挨拶するのは当たり前であり、先行者がいれば必ず一声かけてからというのを誰でもしていた。その場で誰とでも情報交換をしたりルアーの交換会をしたりそれは楽しいものであった。今のように雑誌やインターネットやコンビ二がどこにでも有る時代でもない。僕には当時から現在まで付合いが続く釣友もいる。80年代、バスが生息する場所は極端に限られていた。早起きして弁当を作り自転車で片道1時間の道程を走る。地図は友人が釣具屋の店主に書いてもらった紙一枚。
今でもよくあんなに夢中になれたものだと思う。

90年代バスがブームになりルアーマンのマナーが悪くなった、モラルの低い俄か釣師がゴミを釣り場に捨て釣れないとなるとそそくさと釣りから離れていった。そしてインターネットではルアーマニアだかなんだかわからないが昔のルアーにとんでもない値段を付け売買されはじめた。

害魚扱いされ釣業界に利用されたバス達は可哀想でならない。
鮎やワカサギが減ったというなら護岸を元に戻せばいい。漁業で金になる魚が減って困るのは漁師さんかもしれないが、今こそ漁師さんから本当のことを伝えてほしい。

魚は何も悪くないと。



あの頃見ていた夢は。

懐かしい柄でしょ?20年ほど昔のABUのリールの箱を部屋で見つけました。
色々なゲームフィッシュが描かれています。子供の頃に一つ一つ覚えていったのがルアーの名前とゲームフィッシュの名前です。ウォールアイ、クラッピー、ソッカイサーモン、ドリーバーデン、レノック、パーチどれも自分の知らない世界の何処かに泳いでいる魚達。アメリカやヨーロッパのルアーを手に取り見つめながらいつかは・・・なんて思いを馳せたものです。

日本のフィールドで始めたのが真似事のルアー釣。ナマズに雷魚、バスやウグイ、ハスなどがルアーにアタックしてくる様はとても刺激的でした。イワナ、ヤマメに強烈に憧れを懐き、渓を目指し、大物を求めて本流を彷徨い、海の限りなく広い世界を知りたくてサーフに立ち込む。
まるで子供が徐々に行動範囲を広げるように僕のフィールドはどんどん広がっていったのですが。

不思議と海外の魚よりも今は日本の固有種、つまり日本のフィールドと日本のゲームフィッシュ。それがとても愛しいものに変わり、明日もまた水辺に立つことになりそうです。




早春のバス釣
昨日バス釣に出掛けた。旧河、野池、川と様々な場所を巡ったが前日の雪の影響なのかアタリすら無かったのだが、ルアーを泳がせる愉しみキャスティングの気持ち良さを久々に味わった一日だった。
写真はガイド役の友人に頂いた物。ストームのホッテントット、シマドジョウ。
このルアーはアイのワイヤーを付け直すミドルレンジ、シャローレンジを使い分けることが出来る。
そして今回の代物はワイヤーのウィードレストリプルフックが付いている。
大変懐かしいルアーであり、当時のダイワのカタログをまた見てみたい気分になった。
家の近所には無数のバスフィールドが点在し開拓しがいの有るエリアだと再認識させられた。
もう少し水温が上昇したらロングA、ラパラ、バングOなど懐かしい顔ぶれを連れてミノーのバス釣を再びやるつもりだ。15年休んでいたバス釣が久々に面白くなってきた。

形見と釣談義
僕の釣道具の中に古くからの釣仲間の形見がある。
このリールはいったい何メートルのラインを巻き上げたのだろう。

今年2月、日差しの穏やかな午後。昔の釣友から不意に携帯が鳴った。
「久しぶりだな、どしたぃ?」
「それがよぉ~○○が亡くなったんだ」と切り出す。
「あん?うそだ!」
「うそじゃねぇんだよ・・・・」
「!・・・」

また一人僕の釣り仲間がこの世を去った。

和竿職人の息子として職人の町にこのリールの主は生まれた。古びた城下町の商店街からちょっと入った場所につりぐという看板がある。そこは僕の嘗ての居場所、拠所、溜まり場である。
そこの店主は僕の兄貴分だった。
誰からも愛され、笑顔を絶やさず、人の悪口も言わない、毒気のまったくない人だった。
僕にも釣が趣味なのか仕事なのかはわからないが最後に東京湾で見た笑顔は本物だった。

頼む、まだ早すぎるよ。あと少しだけでいいから長生きしてくれないか?


名品の行末はいかに。
ここにあるスプーンの名をご存知だろうか。
かつて僕の使っていたスプーンである。

上段からルブレックスのオークラ下段左はパラバンのサラマンダーABUトビーウィードレス、ルーハージェンセンのクロコダイル。パラバンのバッハスペシアル、ダーデブルコピーキャット、下のストックはエバンスのロコルアー、ティスクのヤムトランド、ちなみに台紙が付いてるABUトビーのゼブラは宝物だ。この名前を知る人は30年以上のキャリアのある方が多いだろうと思う。
此処にある全ては舶来物であり、世界中から日本の代理店などが掻き集めたのだろうが先進国のものしかない。アメリカのルアーとヨーロッパのルアーそれにデビルなどのオーストラリア製。

その昔、魚野川や銀山湖や利根川を泳いだルアー達。懐かしい顔触れである。
銀山平にある小屋の壁にこんなルアーがずらりと飾ってあったのを記憶している。芦ノ湖のノザキにもこんなのがずらりと並んでいた。遠く懐かしい時代。

そして現在は永久保存版として保管している。 息子が成長し何時かルアーを始めてもコレを使わせることはしばらく無いだろう。

疑似餌釣のことが僕よりわかるようになってから渡すつもりだ。



鬼に金棒、原人に棍棒、釣師に長い棒。
何やら訳のわからん竿がズラリと並んでいる。
時に、持ち主は誰だ?と思いたくなるが使込んだ道具達である。
此処には4フィート台の渓流用ショートロッドからサーモンロッド、ワンウエイトのフライロッドからダブルハンドまで。はてまたシーバスロッドがあるかと思えば雷魚用、挙句の果てにバスロッド、バンブーのルアーロッド、サビキで使う投げ竿まである。
どうしてそんなに竿が必要なのか?と自分自身で思っているが、ジャンルが多い僕の釣りではどれも現役の竿であってコレクションではない。
実は本来、釣に竿は必要では無い。糸と針があれば釣になる。指をロッドにして誘いをかけ手首でアワセを入れ両手で手繰る。手釣という方法があるからだ。

さてここで竿が必要な状況を考えてみようと思う。
答えは簡単で手が届かないポイントに針を落としたい、流したいから竿が必要になり、釣の趣味嗜好の部分に獲物の引きを味わいたいという部分が生まれ竿という道具が生まれたのであろう。

竹、グラス、カーボン、ボロンと様々な素材があり、其々の特色が在るが最近釣具屋に並んでいる様な凝った装飾を施したものや賑やかな色合いの竿はどうも好きになれない。
所有する喜びなのか有名プロと同じ竿なのか知らないが高価な竿を使った所で所詮道具に過ぎない。傷も付くのが当たり前であるし、その開発者よりも自分の経験のほうが上だとしたら、それは納得のいく道具になるはずがない。何用、専用モデルなどと謳っている昨今の竿は営利目的のモノが大半であると気付くべきだ。
消費者である我々釣師が確かなモノを見る目を養わなければこの状況に変化は無いだろう。
歴史ある道具屋や竿屋にはノウハウがあり時代に左右されない何かを持っている。

日本製のモノは多かれ少なかれ舶来物のコピー商品である。30年前は無様な道具達であった。
今では海外のものとはまるで別物の高性能、超軽量、超高感度の竿が釣具屋にはずらりと並ぶ。

僕にとって凝った装飾は要らない、アクションあっての竿だと思っている。
僕にとって軽量である必要性が無い、何しろ1キロ近くのベイトタックルで育った世代だからだ。
僕にとって高感度である必要性が無い、なぜならば先日免許試験場で検査したら僕の反応速度は0.63秒。ヤマメが違和感を感じて針を吐き出す速度は0.3秒と言われている。僕のほうが遥かに遅い時間軸で生きている、アタリを感じてアワセた時にはヤマメは隣の釣師のフライを吐き出しているだろう。

何はともあれ10年後も手の一部になる様な竿を選ぶべきだと僕は思う。道具は安いものではない大切に永く使込んで頂きたい。真新しい最新のロッドよりも百戦錬磨の少し草臥れ、コルクのくすんだ竿の方がカッコイイと思う。


河は眠れない
数年前から夜の釣が増えた。
僕は自他共に認める早起きの苦手な釣師である。
早朝河原に立っている時は必ず前日の夜釣りの延長ということに決まっている。

十代の後半はブラックバスの夜釣、二十代はトラウトの夜釣、現在では夜な夜な大河に出掛けてはロングロッドを振り回し一人、鱸用疑似餌大遠投大会、長距離流し釣法を行っている。

仕事や家庭的な事情もあるが夜釣りに嵌まる大きな理由はとても釣に集中できるに他ならない。
常夜灯も何も無い暗闇で一人釣をすると闇と心身一体となってしまい自分の存在すらも見失い最後は意識や感覚さえ消えてしまいそうになる。

ただそこには水面があって竿を持つ手があるだけという錯覚にさえ陥る。
つまりは眠さとの戦いである。車に戻って横になってしまえば全て解決して朝になるのはわかっているが、夜明け直前に何かがあると信じて朝まで投げ続けてしまうのだ。

朝、空が白み始めて闇という絵の具が流れ落ちるとほんの一時、鳥が鳴き朝霧が辺りを包み込みなんとも不思議で幻想的な景色を見ることになる。

しかし安心しているのも束の間。気が緩んだ隙に強烈な睡魔に襲われる。

世の中が動き出し、帰宅する頃。また社会からはみ出した事をしちまったなと少し反省しつつ・・・
何度も懲りずにそれを繰り返す。
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by toyosikigijie | 2012-12-29 23:30
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