ある夏の追憶

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AUTHOR: Megaceryle
TITLE: ある夏の追憶
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PRIMARY CATEGORY: 湖沼・黒鱒疑似餌釣
CATEGORY: 湖沼・黒鱒疑似餌釣

DATE: 09/10/2009 09:42:29
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最近、またアンバサダーが好きになってきた。もう使うことはあまり無いけれど戦友の様な存在である。クラッチを切ったりハンドルを回したりドラグをいじったり、フェイスの擦り傷や磨耗したハンドルを眺めていると様々な興奮が蘇えってくる。夏の朝、自転車に乗り隣町の先の橋を渡り、丘を越えて野池に向かった日々の事や、炎天下の焼ける様なコンクリート護岸を何キロも歩き続けた事も。そして沢山の魚と仲間に出逢えた。
貧乏性の僕は、昔の道具を捨てられずに、売ることも出来ずに、何時までも何時までも傍に置いている。
僕が買えたアンバサダー5500Cは既にパーミングカップだった。初めて手にしたのは1986年である。
写真の機は1979年製。どうしても欲しくてバス釣りの師匠であるIさんに探してもらった物。そして初めて50センチ超えのブラックバスを釣ったリールでもあり思い入れの深い一台である。
ちなみに、その時のルアーはボーマーロングA 15Aである。

この写真の他に、2台。合計3台の5500Cを所有している。80~90年代、周囲で2500Cやウルトラマグが人気があった時代も、僕は5500Cを使い続けた、現在の右腕の強靭なリストはグラスロットにアンバサダーを組み合わせたその重いタックルを、まだ十代前半の青年期に使込んだ事で養われたのである。現在、僕はタックルに軽さを必要としない。同時に2500Cも使用はしたが、どちらかというと小物用という存在である。僕にとっての位置付けは、1500Cと2500Cはトラウト用である。

最近はこの丸型のリールを装着できる竿も少ない、スーパーストライカーやフェングラスの復刻物の竿くらいだろうか。九州の筑後平野は、バス釣りするのに丁度いいクリークが無数にあり、ダム湖も充実している。そして、この地方の特徴である有名な場所にしか人はいない。

今年は何故かバス釣りをしなかった。行きたい気持ちはあったのだが、時間的に空きが無く僕の好きな夏は終わってしまった。秋にまたトーナメントって話もあるが、今年は仕事の都合でそれもお休み。

日中、釣りに行けないので少し昔のバス釣りの本を読み返して見るとまたなんとも云えない雰囲気があり、何度もやってみたくなる。コイツを次に使うのは何時になるのかはわからないが・・
少し、タックルを整理してリールを手入れして、竿を選んで来年(笑)
また時期を見て行こうかなと考えている。
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AUTHOR: Megaceryle
TITLE: 続、ある夏の追憶
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PRIMARY CATEGORY: 湖沼・黒鱒疑似餌釣
CATEGORY: 湖沼・黒鱒疑似餌釣

DATE: 09/11/2009 23:54:06
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夜明け前、何時もに増して自転車のペダルは重かった。辺りはまだ薄暗く、新聞配達のバイクの音とライトの明かりだけ見える。
ハアハアと息を切らして坂道を登る。推進力を失った前輪はペダルをこぐ度に右へ左へと蛇行し、荷台にくくり付けたオールドパル製三段のタックルボックスの中で宝物の外国製プラグ達とワームシンカー、栓抜き、缶切り、金属製のストリンガーなどがカタコト、カタコトと音を立てた。ハンドルと共に握るのはアルマイトが輝くABUアンバサダー2500C、UFMウエダFB-60M/C。ラインはストレーン10lb蛍光ラインが妙にカッコよく見えた。

僕の実家のある埼玉の町から向うは比企郡の野池郡。時間にして一時間。
その昔は情報なんて無いから少年つりトップだの創刊されて間もないタックルボックス誌だのを読み漁り、比較的近場でメジャーなフィールドであった天神沼と大沼を選んだ。
時には雨に打たれ、時には向い風、そして空腹、眠さ、寒さ、喉の渇き。言い様のない孤独感。

坂を上りきると後は直線が見える、さあ、僕等の野池はすぐそこだ。

始めはフラポッパーかそれとも買ったばかりのバルサBか、確実にラパラフローティングか?そんな妄想をしているうちにお気に入りのワンドに到着する。一番乗りだ!誰もいない、朝霧の中キャスト!

そして、夕暮れになっても終にバイトは無かった。
まあいいさ、来週は釣れるかもしれないし、今日は欲しかったルアーを、隣町の奴と交換で手に入れたし。夕暮れ、空腹と疲労感に包まれながら家路に着く。


ブラックバス。僕の情熱をそこまで突き動かしたのは何か?

スポーツフッシング、バストーナメント、アメリカ合衆国。

いや違う。

でも当時はまだブラックバスは特に大きいバスは幻の魚。

叔父が言った。 

釣った奴がいるらしい。ルアーだとさ。オマエもやってみろ。
ブラックバスが釣れるようになったら岩魚釣りにつれていってやるゾ。

じゃあ釣ったら連れていってくれるんだよね!!!

そんなキッカケで始まったバス釣り。
あれからざーっと25年の歳月は流れた。四半世紀以上も疑似餌釣りをやってる。

イワナは結局自分で釣った。
とある新潟のダム湖、バイト10gパールピンク。
夏の大イワナはボトムからルアーを捉えた。
その時、リールは無数の傷跡を持つ少し草臥れた2500Cだった。
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AUTHOR: Megaceryle
TITLE: フィールドリサーチ 筑後川
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PRIMARY CATEGORY: 野外調査・研究考察
CATEGORY: 野外調査・研究考察

DATE: 09/14/2009 20:38:54
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午後から少し時間が出来たのでほんの1時間だけではあるが、近所でバス釣りをしてみた。
バスはおまけで実はこのエリアで稀に釣れる鱸の事が気になってもいる。
多くの川でシーバスの上限は河口堰までとされている事が多いがセイゴ3~5センチでも早春に遡上がこの筑後川では確認されているのである。

鱸はなぜ河を遡るのだろうか?多くのアングラーはベイト捕食が目的であると言う。
しかし、僕はそれにも疑問を持っている。なぜならば、生命を維持するその種を残していくその使命を果たすのには、捕食をし大きく成長し、繁殖期の争いを有利にする、抱卵するその数を増やすという活動の他に、その生息域を広げるというのも大変重要な活動だと思われるからである。
それを生き物は遺伝子に、本能という潜在意識の中に始めから持っているはずだ。
我々が遠くに行きたいのは、そんな本能の血が騒ぐからではないだろうか?
例えば、南の海の魚は海流に乗って北上し死滅回遊をする。
これは死ぬ為でなく、生きる、或いは残す為の術ではないのだろうか?
本当に合理的にベイトが要因だとすると、それでは、海に残る個体の意味はなんだろうか?海と河どちらがベイトが容易に捕食できるのか?そこについては大差は無いはずである。

本当のところは人間の言葉が理解できて言葉の話せる鱸に聞いてみないと結論は出ないが、我々アングラーの「わかったつもり」には常に疑問を持っていいと思う。
そんな事に思いを馳せながらしばしキャストを繰り返すがバスやナマズからのアタリは無かった。
自宅から歩いて行ける距離でこんな環境がある事に感謝しつつ、まだまだ灯台下暗しであると
改めて地元の事を知らなければいけないと感じた。
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AUTHOR: Megaceryle
TITLE: 故郷のフィールド 埼玉県比企郡の野池  
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PRIMARY CATEGORY: 湖沼・黒鱒疑似餌釣
CATEGORY: 湖沼・黒鱒疑似餌釣

DATE: 09/18/2009 02:57:21
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 1985年5月10日、僕が始めてブラックバスを釣った日である、狙い始めたのは1984年の夏だから随分釣れない時間を過ごしたのである。このバスは1980年頃に神名湖から運ばれたもので愛好家によるゲリラ放流によるものであった。当時ブラックバスは生息地の少ない魚でこんなに増える力があるなんて微塵も思ってなかったのだろう。所謂テレビ番組11PMでスポーツフィシングを知り、始め広めた世代、現在の60~70代の大先輩達が、この釣の道を開いてくれた。開口世代とも言うべきか・・僕は幼少期にこの時代を過ごすのだけど独特の世界観に惹かれて疑似餌釣の世界に染まっていった。

1978~80年頃といえば、5/8OZクラスのトップウォーターゲーム全盛期である。へドン、ギルモア、ダルトン、アーボガスト、ゴールデンアイ。そんなカッコイイ名前のメーカー、様々なルアーの名称。子供の僕は、夢中で覚えた。比企郡の野池には、そんなルアーを使いこなすベテランアングラーもちらほらいたのである。延べ竿にミミズでフナを釣っていた僕はそんな大人の道具を遠目で見ていた。

その後コツコツとルアーを集めて、釣り場に向う。ルアーを深く知って行く中で、本当に釣れるんだと確信していくのである。しかし3/4OZ~5/8OZクラスのプラグでは当時の20センチやっとこさのバスでは無理があり、どうしてもスモールプラグが有利であった。僕もトップウォーターで釣りたい、そんな思いでキャストしたザラⅡに折角出たバスもフッキングに至ることなく、シーズンは流れていった。

へドン オリジナル・ザラ・スプーク3/4OZ これほど有名で釣れるルアーは他には無いだろう。クワイエットプラグの王様である。1988年頃だろうか、オリジナルのポテンシャルをそのままに、ダウンサイジングされザラパピー1/4OZというプラグがデビューする。当時、比企郡のバスは平均25~35センチだったこともあり、コイツが爆発的に釣れたのである。

規模の小さい野池でクランクベイトやミノーよりも釣れるプラグとして、ザラパピー、それとレーベルポップR、ジッターバグを上げておく。戦略的に攻撃的に使えるプラグである。ザラパピーはシェードの悪魔であるし、ポップRは深い底からバスを釣れてくる。そしてジッタ君の愛称で使われたそのノイジーなプラグは、計り知れないポテンシャルを秘めている。僕はバズベイト的に線で使う。
現在の最新のバスフィッシングなんて僕は知らないし、有名なプロとかも知らないけど。腕はどうかわからないが、キャリアならライトリグのワームしか使えない若手のプロにも負けていないと思ってる。

釣りは総合力です。

皆がドキッとする言葉がある。「持ってるそのプラグで釣ったことありますか?」

釣り場でえらそーに自慢されたら聞いてみよう(笑)
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AUTHOR: Megaceryle
TITLE: 河鱸 彼等はなぜ?
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PRIMARY CATEGORY: 本流・鱸疑似餌釣
CATEGORY: 本流・鱸疑似餌釣

DATE: 09/18/2009 10:48:20
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故郷の釣り仲間 Aさんからタイムリーな報告があった。皆様もこの個体を見て欲しい。まるで湾奥の居付き個体の風貌だが、実は河川を完全な淡水域まで遡上した個体である。何キロ遡上したのかは小石で判断して欲しい、河鱸を追うアングラーならわかるだろう。

昨今のゲリラ豪雨やダムの放水による激しい増減水、砂礫に埋まる流れ、外来種が急激に増え勢力を増し、年々少なくなる在来種。

決して良い環境とはいえない河に、河鱸よ、それでも君達は河を遡るのか?

このエリアでここまで痩せた個体は僕も、彼も見たことが無い。
通年の秋なら稀に有明鱸にも匹敵するほどの豊満な体型の鱸が釣れるのであるが、今年はほとんどの個体が痩せているとの事である。

此処で疑問が一つ湧いて来る。「ベイトを求めて来るのであれば、太る」のではないだろうか?

それでも僕らアングラーは「ベイトを求めて遡上すると唱えますか?」って事である。
たぶん、捕食出来ていない。たぶん、鮎を追いかけていない。

尾鰭に注目して欲しい。

海にいる鱸、塩分濃度の濃いエリアにいる鱸の尾鰭は墨を落としたように黒い。それが淡水に入ると、白濁してくる。それが尾鰭に躊躇に出ている。相当な移動距離である。僕のフィールド有明海でも淡水感潮域に有明鱸は入り込むが徐々に浸透圧調整をしているのか?もしくは海と河をいったりいきたりしているのか?境目緩やかな白濁である事が多い。

この鱸は尾鰭から推測すると、成長は海で大きくなり、痩せながら河で時期を待っている感じである。
それが落ち鮎なのかはわからないが、何かを待っているように感じる。胸鰭の黒さが塩分濃度の高いエリアにいた証である。そして先端部の透明、白濁した部分が淡水焼けである。

我々アングラーの「わかったつもり」を覆す為の挑戦はまだまだ続いて行く。

それは終わることなく。


※写真提供して下さったAさんありがとうございました。
最上流部はもちろん渓流魚、この時期の抱卵した岩魚は標高2000mを超える山岳部の枝沢の大人一抱えほどのプールでも遡上しますしね。水量で言えばバケツの水くらいの流れです。同種でアメマスが海にいる事を考えればそれも凄いことです。

リアクションバイトについてですが、産卵時期の鮭・鱒がルアーに反応するのは、反射的にというよりも威嚇の意味が大きいと僕は感じています。同種の雄同士が噛付き合うことも多いです。まるで猛犬の様にです。同時に目の前にくるハヤなどの小魚も追い回し噛付きます。
個人的には、この邪魔者を威嚇で噛付くが正解だと思います。

ただこれも憶測の域を抜けることはできません。
なぜ釣れるのか?へ対しての考察は永遠に解けないパズルの様に終わりがありません。
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AUTHOR: Megaceryle
TITLE: 故郷の河鱸  その跡を歩む仲間達。
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PRIMARY CATEGORY: 本流・鱸疑似餌釣
CATEGORY: 本流・鱸疑似餌釣

DATE: 09/24/2009 22:41:32
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また、故郷の釣り仲間Aさんより素晴らしい河鱸の写真が送られてきた。
朝日に輝く銀鱗が美しい河鱸である。案の定、その胃袋から吐き出された半分消化された魚は鮎ではなくニゴイとの事である。鮎が落ちるその時を待ち構えているのだろうか・・・ 前回よりもコンディションの良い個体は、シルバーウィーク明けの一番プレッシャーを受けた状態であると予想された朝に、Aさんよりキャッチされている。本人曰く、「他の釣り人は攻めきれてないね。」との事である。

基本的に水温降下の傾向にある秋は全ての魚が落ちるといっても過言では無い、地熱も下がる11月下旬には落ちた寒バヤの季節が始まる。その前に10月の落ち鮎、落ちウナギ、落ちヤマメ(ヒカリ)脱走虹鱒等、様々な魚種が河を一雨ごとに下って行くのである。

今思えば、僕がこの流れを開拓し河鱸をキャッチしてから約15年の歳月が流れたのであるが、その釣りは受継がれ、今では多くのアングラーで賑う様になった。

当初の数年間はクローズにしていたフィールドではあったのだが、ある時期を境に意図的に、情報は発信して様々な人に(釣り仲間)伝えたのである。そもそもこの河川の河鱸をルアーで仕留めたのはTさんそして、熊谷のPB2さん、次いで僕である。その時は驚きと興奮で毎晩通うハメになるのであるが、釣れない日々が続くと徐々に人は減り、最後は僕だけが残った。

僕のメインのフィールドからは30km下流のエリアであった。

「もっともっと上流には居ないのか?」僕は何時ものようにそんな疑問を持った。

数日後、我武者羅にルアーを投げた完全淡水域の瀬で河鱸が僕の前に横たわった。
「やっぱり、居るんだ」それは予想どうり、確信に変わった。
ただ、それからの日々はそんなに甘い物ではなく何年も報われない日々を過ごしたのである。
河鱸は釣れるようになったし、サイズもあがってきた。でも僕は不満足であったのだ。

「僕には、まだこの釣りが見えてない。現状はただ偶然を重ねてるにすぎない。」

広大なフィールド、見えない魚、迷い込んだ釣り、もはや一人での開拓に限界を覚え始めた頃でもあった。僕の後ろを追うものはいるが、同じ目線で情熱をもって開拓する仲間が欲しいところであったのだ。

そんな時代に釣行を共にしたのがAさんである。

確かAさんとの初釣行は20ウン年前の加賀FA(管理釣り場)であり、僕はまだ高校生だった様な気がする。それから数十年経ち、再会、久々の釣行は新潟は銀山湖、北の又川。
小さな岩魚をキャッチしたAさんの笑顔を鮮明に覚えている。

Aさんには当時の僕が持っている河鱸釣りにおける術を全て伝えた。
あれから10年、毎年諦めずにフィールドに通うAさんは、現在のところキャリアも実力もナンバーワンだと思う。

今後もそこの河鱸はお任せ致します、常識ではありえない釣果をお願いします(笑)
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AUTHOR: Megaceryle
TITLE: 見るのか?感じるのか?ブラインドとサイトフィッシング。
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PRIMARY CATEGORY: 釣の四方山話
CATEGORY: 釣の四方山話

DATE: 09/24/2009 23:23:50
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昔から見釣りという言葉を耳にする。サイトフィッシングである、相反するものにブラインドフィッシング、見えない釣りというもの存在する。

僕の釣りは夜が多いからブラインドフィッシングである事が多いが水面直下の魚の動きや付き場などは水面の微妙な変化で読み取る様にしている。釣りに必要な釣眼力というのは、所謂、医学的な視力では無く、微妙な情報を拾う感性も必要であり、もう少し感覚的な部分になると思う。

医学的にどうなのかは存じてないが、我々人間は目というセンサーで拾った情報を脳で映像化してビジョンを見ているのだろうと僕は思う、それは何故かというと、目を閉じていても脳が動いていれば映像を見ることが出来るからである。

例えば睡眠時にそれが起これば夢を見たということになるのだが、僕等は起きている時にも、釣をしている時にもその映像、つまりビジョンを有効に利用している。

そしてその感覚は、僕だけでは無く、皆様も感じていると思う。

バラシた後とかイイ魚を釣った直後、ドライフライにピシャ!と出た時なんかは、アドレナリンが出すぎる為、僕等の脳は誤作動を起こし、判断ミスをすることがある。
バラシたけど、釣ったけど、もう一匹泳いでる気がする、それが見える。そんなときは大抵それであり良い結果には結びつかない事が多いと感じている。

魚が釣れそうな、釣り人勝手の都合のいいイメージと、実際の状況が異なるからまた釣りは面白いのだけど、もっとこの釣眼力を磨く事、鍛える事ができればと、つい水を見ると生き物を探してしまう癖は直りそうにない。

この視覚というのは感情に左右されてしまうやっかいなモノなので疑う気持ちを持つ事も大事なのではと最近は考えている。

それは、「恋人が出来ると何でもない日常の景色が変わって見えます」とか
「釣のしすぎで変人になると何時もの釣り場も変わって見えます」という事である。

何が言いたいのか伝わり難いかもしれないが、僕は、サイトもブラインドもサイト&ブラインドだと思う訳です、視覚と感覚の融合、双方をバランスよく使っているのである。
実際、これが出来れば偏向グラスなんて事実が見えてしまう寂しい道具はいりません。
想像力を都合よく使って釣に奥行きを持ちましょうって事である。

ある大先輩のヘラ師がこんな事を言っていた。
「ヘラウキの微妙な動きはねぇ、見釣をしなけりゃわからねぇんだ。俺は、昔、さんざんやったもんだ、ヘラブナってぇのは、ゆっくり仕掛けのまわりを旋回するんだよ。そん時、ウキはゆっくりゆっくり上下する。そして次に・・・」と具体的に話してくれた事があり、この方は、ウキを通じて水中が見えてる。つまりブラインドをサイトで楽しんでおられるのである。

目から鱗を落として、もう少し深く見て行こうと今日も考えてしまった。
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by toyosikigijie | 2013-01-02 08:20
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